2007年03月26日
手が勝手に動いて書き始める
結局は、C言語を使いこなす能力が自分の母語に近いレベルに達していると言うことではないか。
登 大遊@筑波大学情報学類の SoftEther VPN 日記:論理的思考の放棄
次に、だいたいイメージができたところで、心の中に、ソフトウェアの設計図やデータ構造といったものを思い起こす。ここで注意するのは、「絶対に論理的に考えて設計をしないこと」である。徹底して、感覚的な思考でもって設計する。ここまではすべて頭の中で処理することができるので、別にコンピュータがなくても良い。電車の中でも授業中でも運転中でも行うことができ、便利である。
コンピュータの前に座って、キーボードの上に両手を置けば、後はあまり考える必要はない。自動的に手がキーボードを打ち、プログラムを入力して完成させてくれる。この処理は一切、論理的思考では行われていないので、途中で論理的思考を行うことは厳禁である (作業の邪魔になる)。ひたすら何も考えない。
日本人が日本語でお喋りするとき、論理的に文章を組み立てたりはしない。言いたい内容を思い浮かべれば、口が勝手に動いて文章が出てくる。文章構成を考える必要もないし、それぞれの単語の品詞を気にする必要もないし、係り受けを気に留める必要もない。
登さんのC言語が母語(多分日本語)と遜色ない領域に達しているということをこの文章は言っているのではないだろうか。ここから引き出される話は
「論理的に考えなければプログラミングが上手になる」
ではなく、
「論理的に考えるまでも無くプログラミング出来るレベルまで達しているならば『論理的に考える』というブレーキをかけないほうが効率が良い」
である。
プログラミング初心者がこの文章を読んで、よし俺も論理的に考えずにプログラミングして生産性上げるぞ、というわけにはいかない。えーとこれをやる関数の名前は何だっけと思うレベルでは車の運転中にデザインは出来ない。論理的に考えれば出来ないことも無いが、それをしてはいけないとすると、一歩も進めなくなってしまう。スキー初心者をいきなり上級者用コブ斜面に連れて行って、コブのふくらみを利用して抜重して次のターンの導入にするといいよ、とアドバイスするようなものである。
よし俺も大量にコードを読んで書いて、手が勝手に動いてコードを書いてしまう領域を目指すぞ、ならばずっと現実的である。とりあえずのやり方も分かる。基礎体力がある人が出来る方法と、基礎体力が貧弱な人が体力をつける方法は違うのが当たり前なのだ。
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