2006年03月02日
ロスト・イン・トランスレーション
"Lost in Translation" の意味を「通訳の過程で意味が失われてしまうこと」と解釈するのが主流らしい。実際、ダメすぎる通訳と馬鹿っぽい監督が出てきて大いに失笑を誘うシーンが出てくるのだが、この映画を何度か見返してみると主題がそちらにあるとはどうも思えない。「言葉が通じないこと」は表層でしか無いような気がする。
「日本を馬鹿にしているから嫌い」という意見もちょくちょく聞くが、日本の「ヘン」さ加減が主題な訳でもない。アメリカ人が疎外感、孤独感を感じられるところならばどこでも良かったのではないだろうか。ついでに、僕がしばらくアメリカで過ごしたあとで日本に戻った初日に感じた「違和感」は、大幅に程度の違いはあるものの、映画の描写に似た種類のものであった。確かにヘンなところばかりピックアップしているけど、どれも実際に存在する風景だ。
ビル・マーレイが演じるボブは、人気俳優からだんだん落ち目になってきている。既に中年であり、妻との結婚生活は25年。子供は大きくなりつつあり、妻は日々の生活に忙しい。人生の全ての面が減速している雰囲気である。本人としては不本意である日本のコマーシャルの仕事を高額の報酬のためにやっている。
スカーレット・ヨハンソンが演じるシャーロットは、まだ結婚後2年。夫との住む世界の違いを感じている。夫の仕事に付き合って日本に来たが、ほぼ毎日放っておかれている。退屈と孤独だけでなく、夫と自分の世界の違いに疑問を持っている。
人生の中には幸せな時期と停滞した時期の周期がある。年齢の全く違うこの2人がたまたま東京で会った時、それぞれの人生の中で何周期目かは違っていたかもしれないが、2人は同じ停滞した位相に居たのではないだろうか。同じ停滞期に、同じ異文化に対する違和感、孤独感を共有して共鳴することで、お互いの存在が自分への慰めになる。どちらも人生の困難な時期にあり、出口が見つからない状態に居る。
"lost" という単語には、「失う」という意味だけではなく「道に迷う」「進む方向が分からなくなる」という意味もある。"translation" という単語には、「通訳」という意味だけではなく「(…に)なる」「(…に)変わる」という意味もある。この映画のタイトルは、人生の移行期において道を見失った2人の苦悩のことを指している。日本という異世界に2人の居場所は無いが、母国に帰ったとしても彼らが安住出来る場所は存在しない。
深読みしようとすればかなりのところまで出来る気がする。でも、あまりそういうことはしない方が、更に自分に重ねてみたりしない方がひょっとすると幸せなのかもしれない。


初めまして、がりゅうさん。
「イブンカな日々」のSATOと申します。同名映画タイトルのトラックバックを頂いたので、お邪魔し、拝見致しました。
私はこれを一度こちらNZの映画館で観ただけですが、文系・セミ語学オタク?の私は、内面的な部分は観客各々に任せるとして、主人公を”体感”させるその手法、『ロスト・イン・トランスレーション』させる公開に興味を持ちました。言語や着眼点の面白さ、日本人以外が観る(撮る、作るですかね?)新たな日本の画像も面白く、好き嫌いが比較的分かりやすいこの映画、私は好きに1票です。横で観た旦那、他の友人知人の票もコメントも観点も異なっていたのも興味深かったので、字数も然りではありますが、ネタばれにならないように、『海外で観たこの映画の手法』だけをウチのブログで文字にしました。
ちなみに、私は映画館に足しげく通う方ではないですが、観終わった後、自分の中に残る感情を再確認しながら映画館をあとにする瞬間が好きです。がりゅうさんはいかがですか?
SATOさん、
コメントありがとうございます。
アメリカ人に感想を聞いても本当にレンジの広い意見が返ってきます。日本にいい印象を持っていない人を見分けるのに便利です。
僕はスタッフロールを眺めながら似たようなことをします。気に入った映画のときは最後まで席に残り、気に入らなかった時は周りと一緒にすぐに立ってしまいますね。
私はこの映画を見ていませんが、オランダ在住のオランダ人がこの映画に出てくる東京の風景を見て、是非行ってみたいと思った、と。 1年半前に見た映画のタイトルもすぐに出て来たことからしても、印象深かったのでしょう。 外国人の印象に残る日本の風景がうまく撮れているのではないかと推察します。