2006年01月12日
「ハッカーと画家」
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著者の Paul Graham は、インターネット黎明期に ViaWeb というベンチャー企業を作り、その頃には殆ど存在しなかった Web ベースのアプリケーションを作った。その会社は Yahoo! に買収され、彼の作ったアプリケーションは Yahoo! ショッピングになっている。ちなみに、彼は自分の担当パートを Lisp で書いた。
僕が彼のエッセイを初めて読んだのは、もう何年も前のことである。この本の監訳者である川合さんによる訳をウェブで見つけ、一気に全て読んだ。その後にオリジナルサイトの www.paulgraham.com に行き、英語で読み直してみた。内容の割には平易な英語で書いてある。
彼のエッセイを読むと、なんだかお尻の辺りがムズムズしてくる。自分が今ここに座って何もしないで居ることが物凄い罪悪のような気分になってくるのだ。自分1人がもがいてみても変わることが無いと思っていた全世界が急に小さなものに見えてきて、実は何かやればサクッと出来てしまうのではないか、という楽観的な気分になってくる。読んでみて「そうだったのか」と感心するエッセイは多くあるが、気がつくと背中を押されてくれているエッセイはそれほど無いような気がする。
著者がハッカーなだけあって、エッセイの半分ぐらいはプログラミングの知識があったほうが楽しめるものになっている。しかし、残りの半分については特別の知識は必要ない。その中では、第3章「口にできないこと」、第6章「富の創り方」、第7章「格差を考える」が僕のお気に入りである。
いくつか引用。
社会への適応が尊重されていた時代には、口にできないような考えを抱くというだけで、どこかおかしいと思われていた。だが本来は逆だ。口にできない考えを抱かないほうが、ほぼ間違いなくどこかおかしいんだ。
歴史のどの時代でも、真偽の議論に登る前に主張を撃ち落すために使われるレッテルがあった。西洋の歴史では長らく、「不敬」、「冒涜」、「異端」といった言葉が使われてきたし、少し前は「不作法」、「不道徳」、「アメリカ的でない」といった言葉がそうであった。
なぜベンチャー企業は小さくなくてはならないんだろう。なぜ企業は大きくなると必然的にベンチャー企業でなくなるのだろう。そして、なぜそういう新興企業は新しい技術の開発に取り組むんだろう。ベンチャー企業のほとんどが、サラダ油や洗剤ではなく、新薬やコンピュータソフトウェアを売っているのはなぜなんだろう。
子供は富を創り出すことができないから、何であれ所有するものは誰かに与えてもらわなければならない。そして、富が誰かに与えられるものである間は、もちろんそれが等しく分配されなければならないように思える。
こういうものごとは、線形には拡大しないんだ。CEOやプロのスポーツ選手は、普通の人々の、たかだか10倍くらいの技能や覚悟(その意味するところが何であれ)を持っているだけかもしれない。でも、それが一人の人間の中に凝縮されているということが、大きな違いとなるのだ。
余談だが、監訳者の川合さんは、出版前にオープンソース方式でボランティア査読者を募集していた。僕も協力したので、この本は僕にとって初めて自分の名前が載った本になった。それなのに、書評をブログに載せることを忘れていて、年賀メールで友人から感想を貰ってから気づくという体たらくである。
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» ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち
- 2006年04月17日 06:57
- from Something Anybody Knows
ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち 最近はwebに発表したエッセイや、ブログのエントリーをそのまま出版したりなんてことがあるけれども、この本もその類... [続きを読む]




TBありがとうございました。
査読に貢献されたそうで、大変お疲れ様でした。今度本も買ってみようと思ってます。
読んだ後にお尻の辺りがムズムズしてくる、という表現が面白いですね。たしかにそんな印象があります。私も一気に全て読みました:-)