2006年01月11日
出力属性と記号属性
- 固定リンク
- コメント
- トラックバック (1)
- カテゴリー:ネット上の記事
確かに、日本社会では必要以上に「所属」が重視されている気がする。そこに違和感や怒りを覚えた時、所属偏重を否定するためだろうか、属性全否定という反対の極まで走ってしまう意見を時々見かける。
404 Blog Not Found:私は「属性を信じない」を信じない経由で知った、
Zopeジャンキー日記 :私は属性を信じない 私が信じるのは固有名詞だから引用。
血液型とか出身地、あるいは学歴とか勤め先などの「属性」で、 人を決めつけてしまうような考え方が、私は好きではない。
その人の作ったもの、その人の書いたもの、その人の仕事を見て、 「これはいい」「これは面白い」と思ったら、私はその人を信用する。 その人の属性は関係ない。
血液型と出身地はその人の能力や仕事に直接関係しないものである。しかし、学歴や勤め先はその人の「仕事の結果」と考えることが出来る。4つのものは全て「属性」ではあるが、2つのグループに分けられるのではないか。その人のパフォーマンス評価に繋がる仕事(勉強)の成果と、上下関係の無い単なる記号と。
学歴が無い人を駄目な奴だと決め付けるのは確かに危険である。しかし、高い学歴を持つ人は少なくとも「この学歴を得るのに必要な成績を修めるだけの能力がある人」であり、勤め先についても「この会社でこのポジションを得るだけのモノを持っている(能力のある)人」だという評価は出来るのではないか。否定すべきは「高学歴なら何でも出来る」といった類の過大評価であり、属性そのものでは無い。
我々の時間は限られているので、なにかの問題について、属性に関わらず全員の意見を聞いている暇は無い。例えば自分の資産運用について助言が欲しい場合、道行く人全てに聞いて回っても良い助言が得られる可能性はゼロではないが、そんなことをする人はまずいない。ファイナンシャルプランナーという属性を持った人に絞った方が満足出来る確率が高くなる。ファイナンシャルプランナーの数も非常に多いので、学歴や勤め先、経験の長さなどで更にフィルタをかけた方が更に確率が高くなる。属性と言うものはそういう役の立ち方をするもので、それを過剰に評価しても過小に評価しても損失を出したりコストを余計にかけたりすることになる。
少々揚げ足取りのような気もするが、Zopeジャンキー日記 :世界を変えるお金の使い方に以下の記述がある。
著者の斎藤氏は、電通を経て米国NYの大学院に留学し、そこでアリス・テッパー・マーリンというCSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)の専門家に出会って、のち社会責任コンサルタントとして独立した、というキャリアの持ち主。
我々はこういった属性情報を手に入れ、自分なりの「属性フィルタ」を通したのちに、その人の意見を検討するかどうかを決めるのである。ちなみに、この属性を持つ人が「お財布からの投票」というテキストを書いたと聞けば、僕は文章を読んでみる。僕のフィルタを通過したからだ。このブログの著者のmojixさんも、この属性情報を提示した方が、より多くの人がテキストを読むということを知っているのだろう。
それにしても、「属性に意味はある」というより「属性なんか関係ない」と言う方がカッコ良く聞こえてしまうのは何故なのだろう。いつからどのようにこの流れが出来たのか、僕には良く分からない。
- 固定リンク
- コメント
- トラックバック (1)
- カテゴリー:ネット上の記事

Trackback on "出力属性と記号属性"
以下1件のトラックバックはこのページのエントリー"出力属性と記号属性"を参照しています。
このエントリーのトラックバックURL:

"出力属性と記号属性"へのコメントはまだありません。