2005年10月20日
全てはニュアンスの思し召し
昨日のエントリー "I've got to know it!" に弾さんからトラックバックを頂いた。自分の代わりに「この間違いはそんなに酷くないんだよ」と言い訳してくれたような雰囲気だ。自分が知ったばかりのことを公開してみたら、その内容についてより詳しい説明が返って来たわけで、「インターネットに知識を預けると、大きく利子がついて返って来る」の好例を体験出来たことになる。ありがとうございました。
ついでなので、get to know についてもう少し。
昨日書いたとおり、
I got to know the issue was....
という使い方は間違いで、弾さんの例にある
We get to know each other.
は正しい。この違いは微妙である。
その違いはどこにあるかというと、
"get"単体の「そういう風に変化していく」という意味
の「変化していく」に自分が主体的に関わるかどうか、というニュアンスらしい。自分で意識的に realize したり figure out したりするのは「そういう風に変化していく」わけではなく「知っている状態に俺がする」という意識が存在し、ここでの"get"の弱めの意味にはそぐわない。
正しい方の例の「お互いをを知るようになる」というのは自然にその状態になっていったニュアンスがあるので、"get"の雰囲気と合うことになる、というわけ。
同僚は「あくまでカリフォルニアではそうだ、という話だからな。テキサスとか南部に行ったらどうなるか知らないからな」と念を押すことを忘れなかった。納得。今度は誤解してないよな?
Trackback on "全てはニュアンスの思し召し"
このエントリーのトラックバックURL:
"全てはニュアンスの思し召し"へのトラックバックはまだありません。

"全てはニュアンスの思し召し"へのコメントはまだありません。