1999年10月10日

1人で相撲は取れません

自分が今までに書いた日記をなんとなく読み返してみると、「カスタマーサポートとのやり取り」の話が多いことに気がついた。勧誘電話に長々と付き合って結局断るか、何かに文句をつけるかのどちらか。

僕はこちらで生活していて、どこかのサービスに不満があったらすぐに電話して文句を言っている。もし日本に住んでいたら気にしないような細かい事でも必ずやる。外国での不慣れな生活に自信を持って適応できるようになるには、数少ない「人と衝突する、言い合う」機会を逃さないのが早道だと思っているからで、別に喧嘩相手に飢えているわけではない。外国に住むために気の持ち方と行動パターンを変えているわけで、これには異論がある人も多そうだけど。

それで思い出した。社内で受けた、プログラミングについてのクラスでの話。そのクラスは講義だけでなく実際にプログラムを組む演習がかなりの量あり、各章講義後に部屋にある端末で2人1組になって演習を行う。各受講者の理解レベルををもとにした組み合わせを発表するとき、講師はこう言った。
「ジョンとスーザン、君たちがペアだ。ティムとビルでペア。ビピンとティオでペア。...... マイク、あなたは彼とペアを組んでくれませんか?」

かちん。

彼って...僕の事じゃないか。その講師はもちろん英語しか話さないけれど、日本でも教えた事がある。日本人に英語で教えるのが非常に難しいと思っているとは聞いていたけど、これはいくらなんでも酷いなあ。

そこで、比較的簡単なのにも関わらず、授業のはじめの部分を「全身を耳にして」聞く。そして、講師が「ここまでで質問は?」と言うのを待ってすかさず手を上げる。そして、質問。

その図の矢印がおかしい。片方向じゃなくて両方向じゃないか?

講師はしばらく考えた後、そのとおりだ、非常にいい指摘だと言ってくれた。よしよし、まず1つ。その後も質問を数多くして、演習も最高速で終わらせた。とりあえずその講師の頭の中での「良い生徒」の領域には入ったと思う。

というわけでペアを決めるときの言い方にかちんと来た、と日本からのアメリカ駐在員達に話したら、僕が全然予想していなかった反応が帰ってきた。
「別にいいじゃないか、気を使ってくれているんだから...」

いや、僕は、英語が出来ないから特別な配慮が必要な人だとは絶対に思われたくない。そうなったら対等な議論も出来ないし、突っ込んだ質問をしたくても、普通のアメリカ人よりも簡単な表面的な回答しかしてもらえないかもしれない。そういう言わば「子供扱い」されるよりも、ネイティブに比べて英語能力は落ちるけど、特に気にする必要はないと思われたい。

エンジニアという職業は、かなりダイレクトに「頭の良さ」が問題になる仕事で、多かれ少なかれそれぞれお互いに相手の「頭の良さ」を気にしている。と思う。普通の人がどうやって初対面の相手の頭の良さを推し量るかというと、それは話し方とか言葉づかいとかだろう。小さな声でたどたどしく、たくさん間違いながらゆっくり英語を話す人を見て、初対面で「この人は出来そうだ」と思ったりはなかなかしないだろう。だから、その兆候が見えたときは特に、少なくとも「対等」に思われるような特別なことが必要なんじゃないだろうか。

僕がアメリカに来ているのは、みんなに面倒見てもらいながらどうにかこうにか仕事をするためではない。2つの言葉を操りながら、日本とアメリカの間に立って他の人にはなかなか出来ない仕事をするためのはずだ。

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