1999年09月13日
疲れたからうなぎ弁当
半月以上も「日記」を書かずに過ごしてしまった。夏休みが終わってから日記を書かずに何をしていたかというと、出張の準備をしたり神戸に出張したりしていたのだ。帰国してから1か月も経たずにまた日本に行ったりすると、体内時計がどこに合っているのか自分で分からなくなるものらしい。どちらに居ても、寝不足から来る頭痛を抱えながら仕事をしている気がする。
アメリカに何年か住んだ事のある人達から聞いた事がある。アメリカに行って感じるカルチャーショックより、日本に戻って感じる「リバースカルチャーショック」の方が大きいのだそうだ。確かに、日本で生まれ育っている自分にとっては、アメリカでの失敗よりも日本での失敗の方がショックが大きい。
神戸出張は行く直前に決まったので(理由はそれだけではないが)、非常に馬鹿げた移動方法になってしまった。サンフランシスコから成田まで飛行機で行って、そこから神戸までJRを使って行く。失敗したのは、空港でJRの切符を買ったとき。
窓口で聞いてみると、次の成田エクスプレスは30分後。さらに東京についてから新神戸に停まる新幹線に乗るまでは更に1時間待たなくてはならない。なんとも間が悪い。窓口のお姉さんは笑顔で「これでよろしいでしょうか?これで発券しましょうか?」と言う。
えーと、それだと何時に着くんですか?と聞きながら、時刻表を手にとって見始める僕。すぐに接続できる新大阪行きに乗って、新大阪発のこだまにでも乗ればもっと早く着くんじゃないかなあ...。
係の人はコンピュータの画面に新神戸直通の到着時刻を出して、「こちらです」と何度も言っていたらしい。時刻表に熱中していた僕は、同行していたJに肩をたたかれて、それにやっと気づいた。すでに4、5回は言っていたらしい。僕はずっと無視していたわけだ。
あ、すみません、新大阪止まりの奴にすぐ乗って乗り換えた方が早く着くと思うんですけど、そういうのはありませんか?とすっかり怒った顔の彼女に言うと、ものすごい顔とものすごいスピードで、次々とコンピュータに入力して処理してくれた。途中で発券機が故障したりもしたけど、それもすごいスピードで直していた。最初の笑顔は見る影も無く、額には汗が出始めている。
その途中や、全て発券が終わってから「ややこしい事お願いしてすみませんー」と言ったが、彼女は必要な事を事務的に言うだけで、早口で切符を説明されて渡されて、はい次の人。Jと2人で切符10枚。必要かつ十分な説明とともに、枚数も行き先も接続も完璧だった。
電車に乗ってから、Jは言った。
「お前さあ、アメリカの馬鹿な店員に慣れすぎて、日本で優秀な店員を信用する事を忘れちゃったんじゃないの?もしアメリカだったらお前が彼女の言う事を無視したときに割り込んだろうけど、ここはお前の国だから俺よりずっと知ってるだろうと思って任せちゃったよ。それにしても綺麗だったね、あの人」
ごめんなさい、JR成田空港みどりの窓口の岡さん。
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