1999年06月03日

だから、これは、ぐだぐだぐだ

家に帰るなり本棚を漁って、やっと見つけた。虚数の事が書いてあるアイザック・アシモフの本、「次元がいっぱい」。ハヤカワ文庫の「アシモフの科学エッセイシリーズ」の第8巻。彼が虚数の事をどのように説明していたか、もう1度読んでみたくなったのだ。原著も探そうと思ったけれど、Amazon.com では見つからなかった。アメリカでの出版は30年以上前だから、すでに絶版になってしまっているのかも知れない。

高校生の一時期、僕は少し進路に迷っていた。もともと理科系の方向に進もうと思ってはいたけれど、その頃は文学部で日本語学をやってみたいという思いも強く、折にふれて悩んでいた。誰も信じないかもしれないが、僕には日本語の文法を考えるのが楽しくて仕方が無かったのだ。

その頃に読んだのが、この科学エッセイシリーズ。それぞれのエッセイがユーモアの効いた導入部で始まり、本論では一見混沌とした1つのテーマをすっきりとしたストーリーに纏め上げる。難しさをさほど感じる事もなく読み進められるが、読み終わってみると多くの事を学んでおり、さらにそのテーマに魅力さえ感じはじめている。このエッセイを読んでいくうちに、僕には理科系の選択肢しか考えられなくなっていた。エッセイを読んだ直後は、そこに書いていない事は非常に混沌として手のつけようがない、色褪せた物のような気さえしてしまっていた。

実家から出て1人暮らしをはじめるときも、アメリカに赴任で引っ越してきたときも、迷わずに持ってきた。もちろんしょっちゅう読むわけではないが、きっと一生捨てられないだろう。

さて、その本の第6章「実在する虚数」で、彼は数学の歴史になぞって話をしている。昔は自然数(1、2、3、...)しか無かった。エジプト人やバビロニア人は分数を考え出したが、その頃には多くの学者が「ありもしない数」として認めようとしなかっただろう。その後、ゼロより小さい数、すなわち負の数が考え出されたが、当時の人達はこの概念をすんなりと受け入れたかと考えると、なかなか難しそうだ。自然数から整数、分数、有理数と無理数を挟んで負の数、そして虚数へと彼は話を発展させ、虚数は数の概念の発展のうちの1つである事を指摘している。四元数までは触れていないが、このエッセイが書かれた頃はどれぐらい知られていたのだろうか。

この話も、問題の複雑さの割には非常にシンプルにまとまっているが、読者にある思考を要求している気がする。「みんなが整数しか知らない世界に自分が住んでいるとした場合、分数の概念を説明されたらどう感じるか?」といった、自分の環境による影響を思考から排除して、「もし自分が全く違う立場にいたらどうなるか」を考えてみる、いわば思考実験。それが出来れば、生徒にものを教えるより良い方法を考える事もより良く出来るだろうし、古い歴史の話や異文化の話も非常に楽しむことが出来るだろう。思考の範囲の拡張とでも言えるだろうか。そういうことを自分が出来れば「考え事」がとても楽しくなるし、周りの人がそうしていれば、その人と話をするのが非常に楽しいものになるだろう。

と、これは、日本の古くからの習慣についてアメリカ人に好奇の目を向けられたときに僕が良く思うことだった。自分の周りと違う習慣だって、そんなに「変だ」「おかしい」わけでははないと思うんだけどなあ。

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