1999年03月07日
だってカッコいいじゃない
アメリカの大学には通信コースを設けているところが多くある。それに申し込むと教官のクラスを録画したビデオが送られてくるので自分の家で勉強でき、ファクスで送られてきた宿題を解いてファクスで提出する。試験も同様。これで単位が認定されるので、大学や大学院に入る前にこの制度で勉強を始める人も多い。
会社には充実した自己教育システムがある。すべての費用会社負担でこの制度を利用することができるのだ。よって、特に若手のエンジニアは、コンピュータサイエンスやエンジニアリングなどのクラスを取っては、単位を稼いだり知識を深めたりしている。
僕の周りの大卒若手エンジニアは大抵、将来は会社を辞めて大学院に戻ると言う。修士号が欲しいのだそうだ。このままずっと会社勤めをするつもりはないだとか、別に会社に忠誠心を持っているわけではないだとか、下手に聞くとマイナスに聞こえることでも、何のためらいもなく言える雰囲気はいいものだと思う。
日本で生まれ育つとレールから外れるのが難しいが欧米では自分で考えて決断するのが容易で素晴らしい、多くの人が自分の目標をしっかり持って自分の人生を着実に選んでいる、という意見をよく聞いたことがある。そこから自然に生まれる質問をしてみた。
「何のために修士号を取るのか?」
僕は「もっと技術的に難しい仕事を得るため」だとか「もっと良い給与で就職し直すため」だとか「昇進を楽にするため」といった答えを期待していた。しかし、彼らから返ってきた答えはずいぶん違った。
「とりあえず、取りたいから取る。べつに後でどうするかを考えているわけではない」
「君は大学に入るときに、卒業後に何をするかを考えていたのか?」
こちらで働いてみて、会社に入る場合はアメリカは厳しい学歴社会であると感じた。同じ職種で同じグループで仕事をしていても、大学名で初任給が違う。普通テクニシャンは何年経ってもエンジニアにはなれず、同じエンジニアであっても大学院卒と大卒では待遇はやはり違う。
そういう環境の中で、称号を持たない人は純粋に持っている人を羨んでいるだけに見えることがある。その先にひらける未来が少しは違っても全く違うわけではない、と言うことが分かっているようには見えるのだが、「より高みに登る」と周りに宣言することで自分の不満を抑えているのだろうか。それとも、単に周りに自分を良く見せようとしているのだろうか。ひょっとすると、日本の学生が持つと一般論として言われている、刹那的な人生観を彼らも持っているのではないだろうか。
サンプル数が少ないので、とても断言はできないが。
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